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バーバラ・アスカ氏への返信

一昨日、唐沢氏の担当編集の一人、バーバラ・アスカ氏より「ガセパクリ問題をどう考えているか」の質問に対する返事を頂きました。私信かと思ったら、同じものを自身のブログでも公開されていました。
http://blog.bestseller.jp/
なので、返信に関してもバーバラ氏のスタイルに合わせて公開したいと思います。


バーバラ・アスカ様

メールありがとうございました。

まずはっきりとさせておきたい自分の立ち位置ですが、自分も唐沢氏の編集担当でした。なのでいまいろいろと検証されているガセやパクリについて、あれこれと言える立場ではないです。加害者と被害者の関係で考えれば加害者の方です。その責任を感じ、自分のブログで、なぜこういうことが起きたのか、その原因と仕組みを検証しています。その理由はこのことを関係者全員に知ってほしいと思っているからです。そしてそれを知った上で、後はそれぞれの関係者が個人個人どうすればいいかを考えればいいと思います。

さて、まず最初に素朴な疑問です。

>何しろ検証blog読んでいませんから
と書いていますが、なぜ読まないのでしょうか。なんだか「訴状を読んでないので今はコメントできない」と言われているようです。検証blogにはバーバラさんの編集した『博覧強記の仕事術』についての詳細な検証もされています。自分の作った本が、どう評価されているのか興味ないですか? 確かに全体のボリュームとしては相当量ありますが、自分の関係したところだけでもいいのでぜひ読んでほしいと思っています。

次に全体を通してのバーバラさんの論調ですが、正直ちょっと苦しいなあと思いました。
具体的な箇所で言うと

>ガセとパクリが許されるかどうか、は「時代」と「文化」(慣習)によって決まるのだと思います。
という一文がありますが、もちろんそういう例もあるでしょう。でも唐沢氏の仕事にそれを当てはめるのは違うと思います。昔の『少年マガジン』を「時代が許していたガセ」と書いていますが、同じようなウソニュースは今でもミリオン出版などの雑誌などではありますし。でも唐沢氏の場合は「トリビアの泉スーパーバイザー」という肩書きや、雑学博士など本人も周囲もそのような人物として認識していたと思います。中岡俊哉として書いていたわけではないでしょう。「雑学」とは専門分野を定めずに雑多な学問を研究することで、そこには「研究している内容にウソがあってもいい」などということはありません。それにほとんどの読者は唐沢氏の書いてきたものは本当のことだと理解して本を買っていたはずです。

>「ウソかホントかわからない怪しげな情報を『本当にあったこと』として発信し、それがかもしだす怪しげな雰囲気も含めて楽しむ」ということだと思います。

これはガセを正当化するための、ただの後づけの苦しい言い訳としか思えません。もし仮にいま現在はそういう立場で書いているとしても、そうなると、その時々の自分の状況によって態度をくるくると変える信頼出来ない人ということになってしまうのでは。

>おそらく「怪しげな雰囲気」を出すために「ガセ」も入れる必要があったのだと思います。
これも全く意味が分かりません。もちろん見せ方として「怪しげな雰囲気」を出すことは必要な時がありますが、それだったら編集的テクニックとして「イラストや装丁を怪しくしてみる」とか他に出来ることはたくさんあるのでは。少なくとも雑学の本でガセを入れては絶対いけないことぐらい分かるはず。

パクリについても同人誌の二次創作の例を出していますが、あれはみんな自分で描いてますよ、ある意味ではオリジナル。それに元ネタだってはっきりとしている。でもパクリは発覚しない限りは元ネタも分からず、本人は探す以外何の努力もしていないじゃないですか。探すのだっていまは検索エンジンでカンタンだし。同人を「文化が許すパクリ」として唐沢氏のパクリと一緒にしたら同人の人たち怒りますよ、きっと。ただの詭弁にしかなっていないと思います。

 
これを「時代」と「文化」のせいにしてはいけないと思います。肝心なところから微妙に目をそらせて問題をぼやかしてしまっている。盗作なんて昔から罪ですよ、要するに泥棒ですから。いままでただ発覚しなかっただけじゃないでしょうか。

「人々の権利意識の向上」とかも話が大げさ過ぎると思います。要するに編集者の怠慢、見る目がなかった、それだけのことではなかったのではないでしょうか。だからそこをきちんと認めて、謝罪するべきところはして、今後の再発防止に努める、それで終わる問題だと思います。

『新・UFO入門』の盗用発覚後に、唐沢氏に「雑学というスタイルの仕事はもう変えた方がいいのでは」と話した時に、唐沢氏は自分に「実は私も止めたいのだが周囲が止めさせてくれない」と語ったことがありました。これは大事なことだと思っています。つまり仕事を出す編集者がいるということです。仕事が来ればそれは書いてしまうでしょう。もちろん理想は自分の意志できっぱりとスタイルを変えることが望ましいですが、自分だって同じ立場だったら目の前の仕事を断れるかどうか自信はない。だからやっぱり編集者の責任って大きいのです。唐沢氏の状況を理解し、それにあった適切な進む方向をきちんと出せなかった。唐沢氏もこの問題をタブーとせずにむしろ自分から「どうしたらいいだろうか」と周囲の編集者に積極的に相談していけば、よかったんだと思います。「迷惑」などと言わずに。

なんだか耳の痛いようなことばかり書いてしまって申し訳ないが、率直な感想です。でも、見て見ぬフリをしている関係者ばかりの中、どんな内容であれきちんと意見を発表してくれたことはすごく意義のあることだし、その労力に感謝します。


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