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2010年1月

新聞読まなくなったなあ・・

ここ数日の小沢報道を見ていると、やっぱりマスコミってとてつもない権力なんだなあと思った。
ボブ・ディランもかつて言った「30歳以上は信じるな」だが、今なら「新聞・テレビは信じるな」だ。

どんなことにも両方の意見があって、いちばんいいのはその相反する意見を十分に集めて吟味して、その上で自分なりの結論を出すことだ。今はインターネットがあるから簡単に集められるはず。手間を惜しまないでほしい。

ぼくがとてもイヤだなあと思うのは、新聞やテレビなど報道関係者の思い上がった取材態度だ。彼らは「報道は全てに優先される」とでも思っているのだろうか。いろいろな現場で「オレ報道だよ」といった記者やカメラマンのエラそうな態度を何度も見てきた。昔NHKが「ゆく年くる年」で、どっかの寺の静寂な感じを出したいという意図で、一般参拝客をTV中継が終わるまでシャットアウトしていた事件があって、NHKは陳謝したことがあった。

マスコミ、とくに報道の人間には、鼻もちならないエリート意識のある人間が多いように感じられる。自分たちが一般大衆をリードしているという意識が強いのだろうか。それは雑誌を作っている人間たちの「これでブームを起こしたい」といった「自分たちがおもしろいと思ったものを流行らせたい」といった欲求とは違うのものだ。新聞もテレビも読者、視聴者を一段下だと思ってる。でもなきゃあんな論調で語れるわけがない。ぼくのPCのヨコには開かれもしないで日々溜まっていく新聞が山積みになっている。

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新聞なんて読んでるの?

小沢一郎と検察の闘いが引き続き熱い。三大新聞は反小沢一辺倒だ。
しかしこういう「右へ習え」の報道になぜもっとみんな疑問を持たないのか。
戦争中のことは知らない人は大勢いるだろうけど、ちょっと前の小泉劇場はみんな覚えているだろう。あの時も熱病のように、誰もが「コイズミ、コイズミ」だった。かくいう自分も「小泉いいなあ」と思考停止に陥ってしまった口である。だからさすがに今回は「ん・ちょっと待てよ」と思う。

だいたいなんで無条件に検察を「正義」と決めてしまうのかが分からない。
検察は取り調べの可視化が困るから、つまり自分の既得権を守るために動いているのでは。
もちろんその中には「可視化なんて許してしまったら、落ちる犯人も落とせなくなる、それは社会秩序維持にマイナス」という検察なりの正義も含まれているだろう。だけどやっぱり強烈な組織防衛なんだよな。

それに比べると新聞は記者クラブを開放させたくないだけのものすごい利己的な理由しか見えてこない。これは酷い、既得権益にしがみついてる以外の何ものでもない。だからこのごろはもうあまり新聞は読まないようにしている。

「新聞も読まないのか!」から「新聞なんて読んでるの?」になる日が来るといいな。

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がんばれ小沢一郎

毎日「小沢vs検察」の闘いが新聞やテレビで報道されている。
大手メディアのほとんどは検察よりで、その結果小沢一郎及び民主党の支持率が日に日に下がっている。
でも何かおかしい。ぼくは新聞、テレビの言っていることは基本的になんでも疑ってかかる。新聞は戦争中に国の手先となって国民の戦意を煽って来た過去がある。あの時はテレビはなかっただけで、もしあったらテレビも率先して新聞と同じことをしてただろう。

民主党は「取り調べの可視化」と「記者会見の開放」を目指している。どちらも検察や新聞にとっては都合の悪いものだ。だからグルになって民主党を潰そうと画策しても不思議ではない。

ぼくは新聞の中立性なんか全く信じてないし求めてもないから、新聞が自分たちに都合のいいように記事を書くのは全然気にならない。ただそれに惑わされてはいけないと思っているだけ。

検察も独自で動くのは三権が分立している証拠だから、それも仕方ないと思っている。

必要なのは、一時情報だけで判断しないで、独自の洞察力でニュースの背後に隠されている真相を理解ろうとすることだと思う。どっちにしろ絶対的正義なんかない、両方の立場で言い分はあるのだから、自分はどっちがいいと思うかだけだ。

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NAVI 休刊で思うこと

『NAVI』が来月で休刊する。以前から「広告主導タイプの雑誌はもう限界」と言っているのでとくに驚いてはいない。
部数的には、経済クラッシュの前からこういったライフスタイル誌はジリ貧のものが多かった。そりゃそうだ、あれだけ毎月毎月提灯記事ばかり書いていれば読者だってうんざりするに決まっている。
だけど、作り手側から言えば提灯記事でないと商品を貸してくれないのだから、それがないとページが成立しなくなる。その代わりメーカー側も「広告出稿」というカタチできちんとケツを持ってくれてた。
この関係が崩れれば成り立たなくなるのは当然だ。
クルマ雑誌はさらに「若い世代のクルマに無関心」という要素が加わってもっと深刻だ。これも仕方ないよね、メーカー側は将来の顧客である若い世代を、クルマが好きになるように育ててこなかったんだから、「嫌消費世代」を作ってしまったんだからそのツケが来始めただけ。
「若者はいつの時代でもバイクやクルマに興味を持つもの」と思ってでもいたのかな・・

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“ぱちんこCR両さん”を熱望する

ここ数年(もっとか)パチンコ台へのアニメ・特撮・タレントキャラの使われ方がすさまじい。
本人拒否以外のキャラはほぼ出尽くしたと言っていいと思う。いまメジャーなもので台になってないのは、OKが出ないものだけだろう。

いつも思うのだけれど、なぜ『こち亀』のバチンコが出ないのか。もちろん作者がギャンブルに対するマイナスイメージからキャラを守っているのだろうけれど、『こち亀』はとくに少年漫画だし。そんなことは分かっている・・

だけど、両さんの場合はもし本当にキャラのことを考えているならば、イメージを大切にしているなら絶対パチンコにする“べき”だと思う。どれだけプラスになるか。これだけ連載が続いているのだからもっとキャラに一人歩きさせてほしい。もしやるなら両さんをメインに寺井、戸塚、冬本、中川、麗子、部長、洋子ちゃん、日暮、丸出ダメ太郎ぐらいの初期メンバー中心がいいなあ。

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