映画・テレビ

剣岳 点の記から話はそれる・・

『剣岳 点の記』を見ました。新田次郎原作の山の物語です。ぼくは山が好きなので、一番の目的は山の映像を見ること、十分堪能できました。

でもいちばん好きなのは川です。川が一番で、山は二番。いつかたっぷりと時間を取って、一日中川をぼんやりと眺めていたいというのがやりたいことかな。それで海は・・ダメなんです。

どうも昔から海は好きではない、生まれたところが海から歩いて数分のところなのに、海はダメでした。なんか海と海をとりまくカルチャーが明る過ぎて。

で、ある日、ある上司にその話をしたら彼も「オレも海はまぶし過ぎて苦手だ・・」と。

“まぶし過ぎて苦手!” そうなんだよ「嫌い」じゃなくて「苦手」なんだよ。
「ああ、この人とはずっと一緒に仕事したいなあ」と思った瞬間でした。

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時代遅れの『ウォッチメン』

『ウォッチメン』を見た。まあ面白いには面白かったが、全体的を通しての時代遅れ感が悪い意味で邪魔して、どこか映画に入り込むことができなかった。

「時代遅れ感」とは何か。それは作品のテーマとなっている「米ソ冷戦」だ。

(映画は公開中なので、具体的な内容やラストについては書かないようにしてみます)

実際に60年代から70年代にかけては、本当に核戦争で世界は滅亡すると言われていた。映画と同じに、それを知らせるための世界時計もあった。誰もが危険性を感じながら日々を過ごしていた時代だった。

でも現実には今やその心配はなくなった。核ミサイルはレーガンとゴルバチョフによって大きく削減された。だけどその理由は高い理想ではなく「金がない」という苦しい台所事情であった。ソ連は崩壊してしまったが、その理由も高貴な志ではなく、みんなが民主主義の暮らしがうらやましい、「ソ連の若者だってリーバイスをはきたい」といった欲望だった。

つまりヒーローの力なんか借りなくても世界の危機は去ったのである。これが今の現実だ。米ソ冷戦時代とその崩壊をリアルタイムで経験している立場から見ると『ウォッチメン』の内容にはさほどのめり込めないのである。

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『レッドクリフ』見てきた

今回は後編、Part2の方ね。

とにかくジョン・ウー節大炸裂という感じでたいへんおもしろかったです。

ジョン・ウーの作品って批評してあーだこーだいうもんじゃないです。「オレの男の生き様を瞼に焼きつけろ!」と、「これでもか」って熱過ぎるシーンが続く。

この人って『ウィンドトーカーズ』が大コケしてハリウッドから干されてたと聞いたけど、とにかく彼の凄いとこは『男たちの挽歌』から何ひとつ変わってないということ。

どんなもんでもただひたすらブレずにやってれば「道」になるという手本のような人。

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新しい才能の集まる場所

かつて、映画産業が斜陽となった時に、新しい才能はテレビに集まってきた。
映画業界のあの独特の敷居と需要の減退ゆえに、そこからあぶれた者たちの受け皿と
なったのである。

彼らは「本当は映画がやりたかったんだ…」と屈折しながらも、出来たばかりのテレビとい
う新しいメディアでやりたいことをやった。田原総一朗などがその代表かもしれない。

いま雑誌がもう死に体となっている。とくに広告主導のものは壊滅的だ。かといって、
販売部数も壊滅的なので、部数勝負でも明るい材料はない。映画が傾いた時の状況と
似ていると思う。

となると、今雑誌を目指している新しい才能はいったいどこへ行くのか…

それはやっぱりネットだろう。しかし、いまのところネットでのビジネスモデルというのは
実は確立されていない。だってネットはタダが基本だから。そこからどのように儲けを
出していくかというのはみな試行錯誤の真っ最中だ。広告とか物販とかいろいろやっている。

ぼくはネットはもっとテレビと連動すべきだと思う。そのおもしろい組み方を考えたところが
勝てるのではないかと。テレビ+ケータイ、これが鍵を握ると思う。これに新しい才能が
面白がって集まってくれば、何か活性化できるのではと。

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